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いわさきゆきこ

大塩平八郎は大坂東町奉行所与力(江戸は南町と北町ですが、大坂は西町と東町)、現役の役人でありながら奉行所内の汚職を摘発し、また自宅に「洗心洞(せんしんどう)」という塾を開き、陽明学を教えていた学者でもありました。「知行合一(ちこうごういつ)」(知識は行動が伴ってこそ意味がある)を信条とし、体制側を憎み、弱き民を救うというまさに正義の人です。1837年2月19日に起こった「大塩の乱」はわずか半日で鎮圧されてしまいましたが、参加した農民の数は実に300人あまりにもなり、「島原の乱」以来の合戦となりました。
なお、「一揆」でも首謀者が武士ですので「乱」とよばれます。また一揆と打ちこわしの違いは「一揆」は農民が役人に訴えるため、「打ちこわし」は町民が米商人に訴えるための制裁のことと、今の学校の教科書では教えていると思います。どちらも無差別な破壊活動ではなく、作法に則って行われたそうです。

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