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いわさきゆきこ

(続き)この広告が見事当たりまして、吉原はなんとか経営を持ち直します。家格は、何と3割4割は当たり前、半額セールの見世もありました。内芸者も値引きの対象で、床花(ご祝儀)などの本来は必要なものがことごとく省かれ、船宿や引手茶屋といった吉原の仲介所となっていた場所も省略されます。吉原名物の「花魁道中」は、この引手茶屋まで花魁が迎えに行く儀式ですから、当然のように花魁道中もなくなりました。そして安売りのしわ寄せは全て遊女への負担となりました。そして開国後には西欧諸国からの批判により、娼妓解放令(しょうぎかいほうれい)が発足。吉原の見世は貸座敷とされ、遊女はあくまで自分の意志で営業していると言う立前になりましたが実体は何ら変わりはありませんでした。またこの頃からようやく性病検査が義務化されます。さらに戦後は特殊飲食店街という名になり、昭和31年の売春防止法が成立するまで吉原の歴史は続きました。

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