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いわさきゆきこ

吉原編その18で「江戸時代にテーブルは…」といただきましたが、テーブル自体は長崎など一部の地域で外国の人が使っておりましたが、一般の店にテーブルのようなものが普及するのは開国後となります。黒船編その2で中島さんがテーブル席に座る描写がありますが、これも勿論一般的ではありません。浦賀は外国船への物資補給等を行っていたことから、外国文化が先行していてもおかしくはないだろうという私の想像で描いております。そもそも江戸時代には食卓を囲むという風習自体が無く、個人がそれぞれ自分の茶碗とお椀と箸を持ち、小さな箱の上に膳を並べて食べていましたので、大きな皿などは不安定で置けないので直置きで食べていたと思われます。吉原編その6では大きなお膳におかずを並べて複数人で食べる描写がありますが、これは「女郎誠心玉子の角文字」(国立国会図書館蔵)という本に描かれていた遊女の食事風景画を参考に描いています。

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